疑い始めたらキリがない:始まりは「信じる」と決めることから

ども。 Anneyです。

昨晩、家族でい

ろいろと揉めまして^^

息子と朝3時半まで3時間半の電話。

本日、娘と2時間のチャット。

も~グッタリです(;^ω^)

真剣勝負の人間関係の対峙は何よりも時間とエネルギーを使います。

それだけ人間関係づくりってエネルギーと時間を要するものなのですよ^^

娘とのチャットの中で娘からきかれまして

「人を信じているのか」と。

かなり真髄をつく問いかと・・・(;^ω^)

この問いにどう答えますか?

私は、Yesです^^

そうですね~

もっというと、

「騙されてもいい」って思ってます^^

私が人と関わりを持ち始める時は、「信じる」から始めると決めているのだな。

たとえ相手が私を騙そうとか、

利用しようとかいう思いで私に近づいて来たとしても、

そんなことは本人しかわからないわけですし、

もしかすると騙されたり、利用されたりしたところで

私自身が騙された、利用された、と思わなければ

騙されたも利用されたもないのだと思うので^^

まぁ、それでも半世紀以上の世間を渡ってきて、

それなりの社会を見て、それなりの経験をしてきていたら、

「むむっ、なんだか匂うぞ…」って胡散臭さへの臭覚は働くもんです(笑)。

そういう場合は

自分から相手に距離をおくようにして様子を見るって感じでしょうかねぇ…

でも関わると決めた以上は、「騙されてもいい」からスタートですね。

人というものは疑い始めたらキリがなくて。

だってどんなに頑張ったところで

他人の気持ちや考えの真実はその本人しかわからないわけなので。

もう疑い始めたらありとあらゆることを考えなくちゃなりません。

これはむちゃくちゃ疲れます。

本当かどうかもわからない、

そうなるかどうかもわからない、

真実を確かめるすべももない、

この状態でグルグル考えても何も生まれないわけでして。

それにこっちが「疑っている」って関わっているというのは相手には伝わるものです。

どんなに隠しているつもりでも、

相手には結構な確率でばれてます(笑)。

結局は相手がどうこうじゃなく

要は、相手がどういうつもりかどうかなんて関係ないなと。

自分自身が目の前の人と信頼関係を築きたいと本気で思っているかどうか、

ただそういうこと。

もっというと

自分が目の前の相手を「信じる」と覚悟を持って決めることで、

自分が目の前の相手と「信頼関係」を築くと肚を据えることで。

自分の心の在り方次第、自分の肚次第ってことなんだなぁ。

なのになんでだか「裏切られた」とか「騙された」とか・・・

人のせいにしちゃうんだよなぁ。


特集記事
最新記事