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自分が自分を生きるとき

「私はどんな生き方をしたいのか」

いつからだろうか、、、半世紀以上の時を生きてきて、気づいけばずっと自分自身に問い続けてきたなぁ。

あぁ、そうか、明確にこの問いを自分自身に向けるようになったのは、

「私は、私が私をちゃんと食わせられるようにならなきゃいけなんだ」

いや、「なきゃならない」じゃなくて、

「私は、私が私をちゃんと食わせられるようになりたいんだ」

そう、思ったときからだ、、、きっと、その時からずっと自分自身に問い続けている

「私はどんな生き方をしたいのか」

「どんな生き方をすれば、私は、”私が私を生きている”と感じられるのか」


 

「毎日、やらなきゃいけないタスクが次から次へと降ってきて、それをこなすのが精いっぱい」

「とにかく目の前の作業をこなすのが精一杯で、将来のことなんて考える余裕なんてない」


そんな不平不満に続いて出てくることばは


「上司の指導が厳しすぎる(パワハラだ!)」

「こんな状況なのに残業するなと言われてもムリ!」

そして大抵

「もっと間接業務を減らしてもらえれば。。。」

「もっと会議を減らして(短く)してもらえれば。。。。」

「もっと残業をさせてもらえれば。。。。」

「もっと時間に余裕をもらえれば。。。。」

「もっと人を増やしてもらえれば。。。。」

なんてセリフが続く。


で、聞いてみる。

「日々、多忙を極めていて大変そうですね。で、あなたはどうなりたいの?」と。


するとほぼ全員が同じような反応を示します。

「はい?・・・・(なんですって?)」

そして、必ず数秒の沈黙したあと、

「あ、、、、そんなこと、考えたことないな、、、、」


で、さらに聞いてみる。

「あなたが置かれているその大変な状況から、自分自身を救い出すために、あなたは何をするの?」

すると、

「えっ?!・・・・(なんで私が・・・)」


 

会社がちゃんとしてくれない

上司がちゃんとしてくれない

部下がちゃんとしてくれない

取引先や協力会社の人がちゃんとしてくれない


だから?じゃ、あなたは今の自分のいる場所をどんな風にしたいのかしら?

だから?じゃ、あなたは今の自分の職場や仕事を、将来の自分のどんな糧にするのかしら?

だから?じゃ、あなたはどんな風に生きて行きたいのかしら?

だから?じゃ、あなたはそのために、今、何をするのかしら?


自分がどんな仕事を望んでいるのかは、自分にしかわからない。

自分がどんな働き方をすることが、自分を満たすのかは自分にしかわからない。

自分がどんな生き方をすることが、自分を幸せにするのかは自分にしかわからない。


誰も「私が望む仕事」「私が望む働き方」「私が望む生き方」を与えてくれない。

だってそれは自分にしかわからないことであって、唯一それをできるのは自分だけなのだから。



 


会社や誰か( 何か)の奴隷にならず、会社で働くことを「自分が自分を生きるさ」ための「機会」としよう。


どんな仕事に従事しているときも、これは自分の将来にどのように役立つものに”する”ことができるのか、大きな想像力を働かせて、自分の未来を描きながら「今」の目の前の仕事をしよう。


例え、「今」目の前の仕事が、単なる流れ作業や同じことの繰り返す単純作業であったとしても、

例え、体は何かに支配されていたとしても、自分の思考や心はなんぴとも支配することはできない、

ということを肝に銘じて、自分自身の意志で「今」を生きよう。


自分の思考や心を支配するのは、唯一、自分自身の思考や心のみ。


自分以外の誰か、自分以外の何かに、自分の望みを与えてもらえると思っている限り、自分自身が自分の人生の主人公になって生きることはできない。

自分が自分を生きることは、決してできない。


「自分が自分を生きている」人は、決して誰(何)からも支配されることはない。

自分の望みは、自分の掌の中に持っておこう。

自分が生きたい生き方は、ちゃんと自分の手中に収めておこう。


自分が自分を生きるために。

自分が自分の人生の主人公になって、自分自身を自分で生きよう。

自分の望みを満たし、叶えられるのは、自分自身だけなのだから。





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